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日本のインバウンド市場に、これまでとは少し違う風が吹いている。
中国人観光客の大幅な減少である。日中関係の悪化を背景に、中国からの訪日需要が落ち込み、とりわけ中国人団体客への依存度が高かったホテルや民泊では、予約キャンセルや宿泊単価の下落を指摘する声が出ている。大阪や京都など、中国人観光客の比率が高かった地域では、その影響を実感する事業者も少なくない。実際、大阪では2026年前半のインバウンドが前年同期比7.7%減となり、中国市場の回復を見据えながら欧米などの市場を強化する動きも出ている。
しかし、ここで一つ冷静に考える必要がある。中国人観光客が減っていることと、日本のインバウンド市場全体が衰退していることは、同じではない。
2026年7月、日本を訪れた外国人旅行者は344万2,100人となり、7月として過去最高を記録した。中国からの訪日客は前年同月比56.1%減の42万8,200人まで落ち込んだ一方、韓国は89万4,700人、台湾は76万3,800人に達した。さらに、17の市場で7月として過去最高を更新している。
つまり、いま日本で起きているのは「インバウンドの消滅」ではない。むしろ、インバウンドの構造転換である。これからの民泊と不動産市場を考えるうえでは、「中国人が戻ってくるか」という一点だけを見るのではなく、中国人観光客が減った後、誰が日本に来るのか、どのように旅行するのか、どこに泊まるのか、そしてその需要をどのような不動産が受け止めるのかを見る必要がある。
中国人団体客の減少が民泊市場に与える影響
これまで大阪や京都などの宿泊市場では、中国を含む東アジアからの団体旅行が大きな需要を生み出してきた。団体旅行には特徴がある。一度に多くの人が移動するため、ホテルや民泊の客室をまとまって埋めることができる。観光バス、飲食店、買い物施設などにも大きな経済効果をもたらす。
民泊にとっても、複数人で利用できる一棟貸しや、駅から近く、観光地へのアクセスが良い大型物件は、こうした需要を取り込むことができた。ところが、中国人団体客が大幅に減少すると、このビジネスモデルには直接的な影響が出る。特に問題なのは、単純に予約数が減ることだけではない。
中国人団体客を前提に高い価格で取得した不動産や、大人数を受け入れるために大規模な改修を行った民泊では、想定していた稼働率を確保できなくなる可能性がある。競合施設が増えている地域では、予約を獲得するために宿泊料金を下げる必要も出てくる。
実際、2026年に入ってから大阪の宿泊市場では、ホテルや民泊の宿泊単価が下がっているとの現場報告も出ている。ただし、ここで「中国人が減ったから民泊は終わった」と判断するのは早い。なぜなら、同じ日本の宿泊市場で、別の外国人旅行者が増えているからである。
中国人の減少を韓国・台湾・欧米が補っている
2026年7月の訪日外国人数は、前年同月比0.1%増の344万2,100人だった。この数字だけを見ると、「ほぼ横ばい」と感じるかもしれない。しかし、その中身を見ると非常に大きな変化が起きている。中国人は56.1%減少した。一方で、韓国は31.9%増、台湾は26.4%増、香港は54.8%増となっている。さらに、米国やフランスなど欧米市場も伸びており、17市場で7月として過去最高を記録した。台湾については、単月で初めて70万人を超えている。
この数字が示しているのは、日本の観光需要が特定の国だけに依存する構造から、より多国籍な市場へ変化しているということである。もちろん、中国市場の規模は依然として大きい。したがって、中国人観光客の減少が日本の観光産業にとって大きなマイナス要因であることは間違いない。しかし、それと同時に、日本旅行そのものの魅力が失われたわけではないことも確認しておく必要がある。むしろ現在は、韓国、台湾、香港、東南アジア、米国、欧州などからの旅行者が日本市場を支える構造へ変わりつつある。この変化を、民泊事業者や不動産投資家はどう見るべきだろうか。
「中国人向け民泊」から「多国籍向け民泊」へ
これからの民泊市場で重要になるのは、国籍を限定しない宿泊施設づくりである。これまで「中国人観光客を取り込む」という明確なターゲット設定は、ビジネスとして合理性があった。しかし、特定国への依存度が高すぎると、外交問題、航空便、為替、景気、旅行規制など、自分ではコントロールできない要因によって売上が大きく変動してしまう。これは民泊経営にとって大きなリスクである。だからこそ、これからは「中国人が来なくても成立する民泊」という発想が必要になる。韓国人にも選ばれる。台湾人にも選ばれる。香港や東南アジアの旅行者にも選ばれる。米国や欧州から来た家族にも利用してもらえる。
このように宿泊客の国籍を分散できれば、特定市場の急減による影響を抑えることができる。これは単なるインバウンド戦略ではない。民泊経営そのもののリスク分散である。
団体旅行から個人旅行へ変わると、求められる不動産も変わる
さらに注目したいのが、旅行スタイルの変化である。団体旅行では、一度に多くの旅行者を受け入れられることが重要だった。しかし個人旅行や家族旅行では、旅行者が宿泊施設を自分で比較し、立地、価格、設備、口コミ、デザインなどを総合的に判断する。ここで民泊の強みが生まれる。
例えば、ホテルの一室よりも広いリビングがある。キッチンを利用できる。洗濯機がある。複数の寝室がある。家族全員で一つの住宅を利用できる。駅から近い。そして、日本の一般的な住宅で暮らすような体験ができる。こうした条件は、家族旅行や少人数のグループ旅行と相性が良い。
つまり、団体客の減少によって民泊市場全体が弱くなるというより、民泊に求められる物件のタイプが変わっていく可能性がある。この変化は、不動産市場にも影響する。
中古住宅と空き家が新しい宿泊資産になる
これまで日本の不動産市場では、駅近マンションや新築住宅などが注目されてきた。しかし、民泊という視点から見ると、少し違った物件が価値を持つ。例えば、駅から徒歩圏内にある中古戸建て。複数の寝室があり、リビングが広く、キッチンや浴室を使える住宅。観光地へのアクセスが良く、周辺に飲食店やスーパーがある物件。こうした住宅は、一般の住宅市場だけではなく、外国人旅行者向けの宿泊施設としての価値も持つ可能性がある。
さらに地方では、空き家の活用にもつながる。空き家を改修して宿泊施設にすることで、建物を再利用できるだけでなく、清掃、管理、飲食、交通、観光サービスなど周辺産業にも仕事が生まれる。ただし、ここで注意しなければならないのが「民泊なら何でもできる」という考え方である。民泊は住宅宿泊事業法だけでなく、旅館業法、自治体の条例、用途地域など、地域によってさまざまなルールが関係する。営業日数や営業区域に制限がある地域もある。そのため、これからの不動産投資では、物件価格だけを見るのではなく、**「その物件で合法的にどれだけ宿泊事業ができるのか」**を確認することが非常に重要になる。
民泊市場は「衰退」ではなく「選別」の時代へ
ここまでを見ると、今後の民泊市場は二極化する可能性が高い。中国人団体客に大きく依存し、価格競争だけで宿泊客を集めていた施設は厳しくなる可能性がある。一方で、国籍を問わず選ばれる宿泊施設は、今後も需要を取り込む余地がある。
例えば、駅から近い、家族で泊まれる、長期滞在に向いている、日本らしい住宅体験ができる、観光地だけでなく地域の日常生活も楽しめる、といった明確な価値を持つ物件である。つまり、これからは「外国人が来るから儲かる」という時代ではない。「どの外国人が、何を求めて、その物件を選ぶのか」まで考えられる事業者が残る時代になる。これは民泊だけでなく、不動産投資そのものにも当てはまる。
「不動産→民泊→インバウンド」の先にあるもの
そして、ここからがさらに重要である。民泊を単なる宿泊ビジネスとして見ると、旅行者が帰国した時点でビジネスは終わる。しかし、不動産市場という視点から見ると、その先に別の可能性がある。日本を旅行した外国人の中には、日本を気に入り、何度も訪れる人がいる。その中には、将来的に長期滞在したい、日本で仕事をしたい、日本に家を持ちたいと考える人も出てくる。
すると、
観光からリピーターへ。そこから、長期滞在へ。さらに、日本で働く。そして、日本で生活するという流れが生まれる。最終的には、賃貸住宅や中古住宅、マンション購入など、新しい不動産需要につながる可能性がある。
つまり、不動産 → 民泊 → インバウンドだけではなく、不動産 → 民泊 → インバウンド → リピーター → 長期滞在 → 定住 → 不動産需要という、より大きな循環を見る必要がある。
「脱・中国依存」は日本の不動産市場にとって悪いことだけではない
中国人観光客の減少は、短期的には宿泊業や民泊業にとって大きな痛手である。特に中国人団体客を前提に物件を購入し、高い稼働率を想定していた事業者にとっては、収益計画の見直しが必要になるだろう。しかし、長期的な視点では、この変化が日本のインバウンド市場をより安定したものにする可能性もある。
一つの国に依存するのではなく、韓国、台湾、香港、東南アジア、北米、欧州など、多様な国・地域から旅行者を受け入れる。団体旅行だけではなく、個人旅行、家族旅行、リピーター、長期滞在者を取り込む。さらに、東京、大阪、京都だけではなく、地方都市や地方観光地へ旅行需要を広げる。こうした方向へ進めば、日本の観光市場はより分散化される。そして、その変化は不動産市場にも波及する。
これから不動産投資家が見るべきもの
これからの不動産投資で重要なのは、「外国人観光客が何人来るか」だけではない。どの国から来ているのか。団体なのか個人なのか。何泊するのか。家族旅行なのか、友人同士なのか。どの地域を訪れるのか。どのような住宅を選ぶのか。そして、旅行の後にもう一度日本へ来るのか。こうした情報を重ねて見ることで、単なる観光統計から一歩進んだ不動産分析ができるようになる。特にこれから注目したいのは、**「観光客の増加」ではなく「外国人の滞在時間が長くなること」**である。
一泊、二泊の旅行者よりも、一週間、二週間、さらに一か月滞在する旅行者のほうが、住宅型宿泊施設との相性が良い。そして、長期滞在者は地域で消費し、地域を知り、その中から日本で暮らすことを考える人も出てくる。ここに民泊と不動産の接点がある。
中国人観光客の減少は「終わり」ではなく、市場再編の始まり
2026年7月の訪日外国人数が344万人を超え、7月として過去最高になったという事実は重要である。中国市場が大きく落ち込んでいるにもかかわらず、日本全体の訪日需要は過去最高水準を維持している。これは、日本旅行そのものの魅力が失われていないことを示している。むしろ今後は、「中国人観光客が戻れば以前の状態に戻る」という発想から離れる必要がある。市場は元に戻るのではなく、変わっていく。
中国人団体客中心から、多国籍の個人旅行者へ。大量送客型から、リピーター・家族旅行・長期滞在へ。宿泊施設中心から、住宅型宿泊施設や地域滞在へ。そして、観光不動産から、将来的な居住不動産へ。 この変化を捉えることが、これからの民泊経営と不動産投資にとって重要になる。中国人観光客の減少は、日本のインバウンド市場にとって確かに大きなショックである。しかし、それによって日本の外国人需要そのものが消えたわけではない。むしろ今、日本の観光市場では**「誰が日本に来るのか」が変わり始めている。**
そして、その変化は数年後、不動産市場にも表れてくるだろう。これからの不動産投資で重要なのは、「中国人が戻るかどうか」を予想することだけではない。「中国人が減った後、日本に誰が来るのか。そして、その人たちは日本で何を求めるのか」この問いに答えられる不動産が、これからの市場で強くなる。その意味で、「脱・中国依存」は単なるインバウンド対策ではない。それは、日本の民泊市場を再編し、さらに中古住宅、空き家、賃貸住宅、地方不動産の価値を見直すきっかけになる可能性がある。これからの日本不動産を見るなら、**「外国人観光客の数」ではなく、「外国人の行動が不動産需要へどう変わっていくのか」**を見るべき時代に入っている。